第二十巻 : 足柄のみ坂給はり返り見ず

2010年01月03日(日)更新


原文: 阿志加良能 美佐可多麻波理 可閇理美須 阿例波久江由久 阿良志乎母 多志夜波婆可流 不破乃世伎 久江弖和波由久 牟麻能都米 都久志能佐伎尓 知麻利為弖 阿例波伊波々牟 母呂々々波 佐祁久等麻乎須 可閇利久麻弖尓

作者: 倭文部可良麻呂(しとりべのからまろ)

よみ: 足柄(あしがり)の、み坂給はり、返り見ず、我れは越(く)え行く、荒し夫(を)も、立(た)しやはばかる、不破(ふわ)の関、越(く)えて我(わ)は行く、馬(むま)の爪、筑紫(つくし)の崎に、留(ち)まり居て、我れは斎(いは)はむ、諸々(もろもろ)は、幸くと申す、帰り来までに

意味: 足柄(あしがら)の坂を通り、振り向かず、私は越えていく。荒々しい男でさえたじろぐ不破(ふわ)の関を越えて、私は行く。筑紫(つくし)の崎に留まって、私は慎み守ろう。(故郷の)みんなが幸せであるように祈ります、私が帰って来るまで。

天平勝宝(てんぴょうしょうほう)7年(755)2月9日に、上総國(かずさのくに)の防人(さきもり)を引率する役人である茨田連沙弥麻呂(まむたのむらじさみまろ)が進上したとされる歌の一つです。

写真は、不破(ふわ)関跡です。

不破(ふわ)関跡 撮影 by きょう

第二十巻