原文
於久礼居而 吾者哉将戀 稲見野乃 秋芽子見都津 去奈武子故尓
作者
阿倍大夫(あべのまえつきみ)
よみ

後(おく)れ居(ゐ)て、我(あ)れはや恋(こ)ひむ、印南野(いなみの)の、秋萩(あきはぎ)見つつ、去(い)なむ子(こ)故(ゆゑ)に
意味
あとに(都に)残って、私は恋しく思うことでしょう。印南野(いなみの)の、秋萩(あきはぎ)を見ながら(筑紫の国に)去ってゆく人のことを。
印南野(いなみの)は現在の兵庫県南部の明石川と加古川に囲まれた地域にあたります。
補足
相聞歌(そうもんか)のひとつです。この歌の題詞には「大神大夫(おおみわのまえつきみ)、筑紫國(つくしのくに::現在の福岡県の大部分)に任ぜらるる時、阿倍大夫(あべのまえつきみ)の作る歌一首」とあります。
大神大夫(おおみわのまえつきみ)は三輪高市麻呂(みわのたけちまろ)、阿倍大夫(あべのまえつきみ)は阿倍広庭(あべのひろにわ)との説がありますが、はっきりとはしていません。