原文

伊刀古 名兄乃君 居々而 物尓伊行跡波 韓國乃 虎云神乎 生取尓 八頭取持来 其皮乎 多々弥尓刺 八重疊 平群乃山尓 四月 与五月間尓 藥猟 仕流時尓 足引乃 此片山尓 二立 伊智比何本尓 梓弓 八多婆佐弥 比米加夫良 八多婆左弥 完待跡 吾居時尓 佐男鹿乃 来立嘆久

頓尓 吾可死 王尓 吾仕牟 吾角者 御笠乃波夜詩 吾耳者 御墨坩 吾目良波 真墨乃鏡 吾爪者 御弓之弓波受 吾毛等者 御筆波夜斯 吾皮者 御箱皮尓 吾完者 御奈麻須波夜志 吾伎毛母 御奈麻須波夜之 吾美義波 御塩乃波夜之 耆矣奴 吾身一尓 七重花佐久 八重花生跡 白賞尼 白賞尼

作者

乞食者(ほかひ)

よみ

虎 撮影(2010) by きょう

いとこ、汝背(なせ)の君、居(を)り居りて、物にい行(ゆ)くとは、韓国(からくに)の、虎(とら)といふ神を、生け捕りに、八(や)つ捕(と)り持ち来(き)、その皮を、畳(たたみ)に刺し、八重畳(やへたたみ)、平群(へぐり)の山に 四月(うづき)と、五月(さつき)との間(ま)に、薬猟(くすりがり)、仕(つか)ふる時に、あしひきの、この片山に、二つ立つ、櫟(いちひ)が本(もと)に、梓弓(あづさゆみ)、八つ手挟(たばさ)み、ひめ鏑(かぶら)、八つ手挟み、獣(しし)待つと 我が居る時に、さを鹿の、来立(きた)ち嘆(なげ)かく、

たちまちに、我れは死ぬべし 大君(おほきみ)に、我れは仕へむ、我が角(つの)は、み笠(かさ)のはやし、我が耳は、み墨(すみ)の坩(つほ)、我が目らは、ますみの鏡、我が爪は、み弓の弓弭(ゆはず)、我が毛らは、み筆(ふみて)はやし 我が皮は、み箱の皮に、我が肉(しし)は、み膾(なます)はやし、我が肝(きも)も、み膾はやし、我がみげは、み塩のはやし、老いたる奴(やつこ)、我が身一つに、七重(ななへ)花咲く 八重(やえ)花咲くと、申(まを)しはやさね、申しはやさね

意味

鹿 撮影(2010) by きょう

さぁ、みなさん。引っ込んでいて、どこかに行こうって(そりゃないでしょ)。韓国のという神を生け捕りにして、八頭捕えて持ち帰り、その皮を畳(敷物のこと)にして八重畳(やへたたみ)[ここまでで、次の平群(へぐり)を導きます]。平群(へぐり)の山で4月と5月の間頃に行われる薬猟(くすがり)にお仕えしたときに、この片山の櫟(いちい)の木の下で、梓弓と鏑矢(かぶらや)をかかえて鹿の来るのを待っていると、牡鹿がやってきて、嘆いていうには。

私はすぐにも死んでしまうでしょう。大君にお仕えしましょう。私の角は笠のかざりに、耳は墨壺に、目は鏡に、爪は弓弭(ゆはず:弦をかける弓の両端の部分)に、毛は筆に、皮は箱の皮に、肉は膾(なます)に、肝も膾に、ミノ(胃袋の部分)は塩辛になりましょう。年老いた私の身一つでも、七重八重に花が咲くと、申し上げてほめてやってください、申し上げてほめてやってください。

「薬猟(くすがり)」は、薬草や鹿の袋角をとる行事です。

補足

この歌の題詞には、「乞食者(ほかひ)が詠(うた)ふ二首」、とあります。乞食者(ほかひ)は、家々を巡って縁起の良い歌などを歌い踊り、物をもらっていた人たちのことのようです。

この歌の左注には、「右の歌一首、鹿の為に痛みを述べて作る也」、とあります。

更新日: 2017年03月12日(日)