原文

飛鳥 明日香乃河之 上瀬尓 生玉藻者 下瀬尓 流觸經 玉藻成 彼依此依 靡相之 嬬乃命乃 多田名附 柔<膚>尚乎 劔刀 於身副不寐者 烏玉乃 夜床母荒良無 [一云 阿礼奈牟] 所虚故 名具鮫兼天 氣田敷藻 相屋常念而 [一云 公毛相哉登] 玉垂乃 越能大野之 旦露尓 玉裳者■打 夕霧尓 衣者沾而 草枕 旅宿鴨為留 不相君故

作者

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)

よみ

飛鳥川 撮影(2014.05) by きょう

飛ぶ鳥の、明日香(あすか)の川の、上(かみ)つ瀬に、生(お)ふる玉藻(たまも)は、下(しも)つ瀬に、流れ触らばふ、玉藻(たまも)なす、か寄りかく寄り、靡(なび)かひし、嬬(つま)の命(みこと)の、たたなづく、柔肌(にきはだ)すらを、剣太刀(つるぎたち)、身に添へ寝ねば、ぬばたまの、夜床(よとこ)も荒(あ)るらむ、[一云、荒(あ)れなむ]、そこ故(ゆゑ)に、慰(なぐさ)めかねて、けだしくも、逢ふやと思ひて、[一云、君も逢ふやと]、玉垂((たまだれ)の、越智(をち)の大野の、朝露(あさつゆ)に、玉裳(たまも)はひづち、夕霧(ゆふぎり)に、衣(ころも)は濡(ぬ)れて、草枕(くさまくら)、旅寝(たびね)かもする、逢はぬ君故(きみゆゑ)

意味

飛鳥川 撮影(2014.05) by きょう

明日香(あすか)の川の上流の瀬に生える玉藻は、下流の瀬に流れて触れ合います。その玉藻のように寄り添い寝た夫の君の柔肌さえも、(剣や刀のように)身に添えては寝ないので、夜の床も荒れていることでしょう(一つには、荒れてゆくでしょう)。

そのために、慰めることもできなくて、もしかしたら逢えるのではと思って(一つには、君に逢えるかと)、越智(をち)の大野の朝露(あさつゆ)に玉裳は濡れ、夕霧に衣は濡れて、旅寝をするのでしょうか。逢うことのできない君ですから。

・玉藻:美しいの意味で、の美称です。

・玉裳:美しい裳(今のスカートのような衣服)の意味で、裳の美称です。

補足

・泊瀬部皇女(はつせべののひめみこ)の夫である川島皇子(かわしまのみこ)が亡くなり、越智(をち)の大野に埋葬されました。なお、泊瀬部皇女と忍坂部皇子は兄妹です。

・この歌の題詞には「柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそんひとまろ)が泊瀬部皇女(はつせべののひめみこ)、忍坂部皇子(おさかべのみこ)に獻(けん)じた歌一首 ならびに短歌」とあります。柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそんひとまろ)が、泊瀬部皇女(はつせべののひめみこ)の哀しみを、皇女に代わって詠んだ歌なのでしょう。

更新日: 2019年04月26日(金)