相聞(そうもん)と挽歌(ばんか)で構成されています。天皇の時代ごとに分類し、それぞれ年代順に載せています。柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)のすぐれた挽歌(ばんか)があります。
・相聞(そうもん)は、異性や親しい人々との間の恋心や親愛の情を述べた歌です。
・挽歌(ばんか)は、亡くなった人を悼(いた)む歌です。
- Volume 2 consists of "Somon" and "Banka". Poems are categorized by the era of the emperor and listed in chronological order. Kakinomoto-no-Hitomaro's excellent Banka(an elegy or a dirge) is in this volume.
[notes] "Soumon" are poems that describe love between different gender and affection between close people. "Banka" are poems to mourn for the deceased.
相聞(そうもん) Soumon
0085: 君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ
0086: かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを
0087: ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに
0088: 秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ
0089: 居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも
0090: 君が行き日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ
0091: 妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを
0092: 秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さめ御思ひよりは
0093: 玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも
0094: 玉櫛笥みむろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ
0095: 我れはもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり
0096: み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも
0097: み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひさるわざを知ると言はなくに
0098: 梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも
0099: 梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く
0100: 東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも
0101: 玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに
0102: 玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我れ恋ひ思ふを
0103: 我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後
0104: 我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ
0105: 我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし
0106: ふたり行けど行き過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ
0107: あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに
0108: 我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを
0109: 大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し
0110: 大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや
0111: いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く
0112: いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと
0113: み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく
0114: 秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも
0115: 後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背
0116: 人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る
0117: ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり
0118: 嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が髪結ひの漬ちてぬれけれ
弓削皇子(ゆげのみこ)、紀皇女(きのひめみこ)を思(し)のふ御歌四首
0119: 吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも
0120: 我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを
0121: 夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな
0122: 大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に
0123: たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか
0124: 人皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも
0125: 橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして
0126: 風流士と我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士
0127: 風流士に我れはありけりやど貸さず帰しし我れぞ風流士にはある
0128: 我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし
0129: 古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと
0130: 丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね
0131: 石見の海角の浦廻を浦なしと人こそ見らめ.......(長歌)
0132: 石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
0133: 笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば
0134: 石見なる高角山の木の間ゆも我が袖振るを妹見けむかも
0135: つのさはふ石見の海の言さへく唐の崎なる.......(長歌)
0136: 青駒が足掻きを速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて来にける
0137: 秋山に落つる黄葉しましくはな散り乱ひそ妹があたり見む
0138: 石見の海津の浦をなみ浦なしと人こそ見らめ.......(長歌)
0139: 石見の海打歌の山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
0140: な思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我が恋ひずあらむ
挽歌(ばんか) Banka
0141: 磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む
0142: 家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
0143: 磐代の岸の松が枝結びけむ人は帰りてまた見けむかも
0144: 磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ
0145: 鳥翔成あり通ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ
0146: 後見むと君が結べる磐代の小松がうれをまたも見むかも
0147: 天の原振り放け見れば大君の御寿は長く天足らしたり
0148: 青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも
0149: 人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも
0150: うつせみし神に堪へねば離れ居て......(長歌)
0151: かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを
0152: やすみしし我ご大君の大御船待ちか恋ふらむ志賀の唐崎
0153: 鯨魚取り近江の海を沖放けて漕ぎ来る.......(長歌)
0154: 楽浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに
0155: やすみしし我ご大君の畏きや御陵仕ふる山科の.......(長歌)
0156: 三諸(みもろ)の神の神杉夢にだに見むとすれども寝ねぬ夜ぞ多き
0157: 三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき
0158: 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
0159: やすみしし我が大君の夕されば見したまふらし.......(長歌)
0160: 燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずやも智男雲
0161: 北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて
0162: 明日香の清御原の宮に天の下知らしめしし.......(長歌)
0163: 神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに
0164: 見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに
0165: うつそみの人にある我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む
0166: 磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに
0167: 天地の初めの時ひさかたの天の河原に.......(長歌)
0168: ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく惜しも
0169: あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも
0170: 嶋の宮まがりの池の放ち鳥人目に恋ひて池に潜かず
0171: 高照らす我が日の御子の万代に国知らさまし嶋の宮はも
0172: 嶋の宮上の池なる放ち鳥荒びな行きそ君座さずとも
0173: 高照らす我が日の御子のいましせば島の御門は荒れずあらましを
0174: 外に見し真弓の岡も君座せば常つ御門と侍宿するかも
0175: 夢にだに見ずありしものをおほほしく宮出もするかさ桧の隈廻を
0176: 天地とともに終へむと思ひつつ仕へまつりし心違ひぬ
0177: 朝日照る佐田の岡辺に群れ居つつ我が泣く涙やむ時もなし
0178: み立たしの島を見る時にはたづみ流るる涙止めぞかねつる
0179: 橘の嶋の宮には飽かぬかも佐田の岡辺に侍宿しに行く
0180: み立たしの島をも家と棲む鳥も荒びな行きそ年かはるまで
0181: み立たしの島の荒礒を今見れば生ひざりし草生ひにけるかも
0182: 鳥座立て飼ひし雁の子巣立ちなば真弓の岡に飛び帰り来ね
0183: 我が御門千代とことばに栄えむと思ひてありし我れし悲しも
0184: 東のたぎの御門に侍へど昨日も今日も召す言もなし
0185: 水伝ふ礒の浦廻の岩つつじ茂く咲く道をまたも見むかも
0186: 一日には千たび参りし東の大き御門を入りかてぬかも
0187: つれもなき佐田の岡辺に帰り居ば島の御階に誰れか住まはむ
0188: 朝ぐもり日の入り行けばみ立たしの島に下り居て嘆きつるかも
0189: 朝日照る嶋の御門におほほしく人音もせねばまうら悲しも
0190: 真木柱太き心はありしかどこの我が心鎮めかねつも
0191: けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも
0192: 朝日照る佐田の岡辺に泣く鳥の夜哭きかへらふこの年ころを
0193: 畑子らが夜昼といはず行く道を我れはことごと宮道にぞする
0194: 飛ぶ鳥の明日香の川の上つ瀬に生ふる玉藻は.......(長歌)
0195: 敷栲の袖交へし君玉垂の越智野過ぎ行くまたも逢はめやも
0196: 飛ぶ鳥の明日香の川の上つ瀬に石橋渡し.......(長歌)
0197: 明日香川しがらみ渡し塞かませば流るる水ものどにかあらまし
0198: 明日香川明日だに見むと思へやも我が大君の御名忘れせぬ
0199: かけまくもゆゆしきかも言はまくもあやに畏き.......(長歌)
0200: ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも
0201: 埴安の池の堤の隠り沼のゆくへを知らに舎人は惑ふ
0202: 哭沢の神社に三輪据ゑ祈れども我が大君は高日知らしぬ
0203: 降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の寒からまくに
0204: やすみしし我が大君高照らす日の御子.......(長歌)
0205: 大君は神にしませば天雲の五百重が下に隠りたまひぬ
0206: 楽浪の志賀さざれ波しくしくに常にと君が思ほせりける
0207: 天飛ぶや軽の道は我妹子が里にしあれば.......(長歌)
0208: 秋山の黄葉を茂み惑ひぬる妹を求めむ山道知らずも
0209: 黄葉の散りゆくなへに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ
0210: うつせみと思ひし時に取り持ちて我がふたり見し走出の.......(長歌)
0211: 去年見てし秋の月夜は照らせれど相見し妹はいや年離る
0212: 衾道を引手の山に妹を置きて山道を行けば生けりともなし
0213: うつそみと思ひし時にたづさはり.......(長歌)
0214: 去年見てし秋の月夜は渡れども相見し妹はいや年離る
0215: 衾道を引手の山に妹を置きて山道思ふに生けるともなし
0216: 家に来て我が屋を見れば玉床の外に向きけり妹が木枕
0217: 秋山のしたへる妹なよ竹のとをよる子らは.......(長歌)
0218: 楽浪の志賀津の子らが罷り道の川瀬の道を見れば寂しも
0219: そら数ふ大津の子が逢ひし日におほに見しかば今ぞ悔しき
0220: 玉藻よし讃岐の国は国からか見れども飽かぬ.......(長歌)
0221: 妻もあらば摘みて食げまし沙弥の山野の上のうはぎ過ぎにけらずや
0222: 沖つ波来寄る荒礒を敷栲の枕とまきて寝せる君かも
0223: 鴨山の岩根しまける我れをかも知らにと妹が待ちつつあるらむ
0224: 今日今日と我が待つ君は石川の峽に交りてありといはずやも
0225: 直の逢ひは逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ
0226: 荒波に寄り来る玉を枕に置き我れここにありと誰れか告げなむ
0227: 天離る鄙の荒野に君を置きて思ひつつあれば生けるともなし
0228: 妹が名は千代に流れむ姫島の小松がうれに蘿生すまでに
0229: 難波潟潮干なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも
0230: 梓弓手に取り持ちてますらをのさつ矢手挟み.......(長歌)
0231: 高円の野辺の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人なしに
0232: 御笠山野辺行く道はこきだくも繁く荒れたるか久にあらなくに
0233: 高円の野辺の秋萩な散りそね君が形見に見つつ偲はむ
0234: 御笠山野辺ゆ行く道こきだくも荒れにけるかも久にあらなくに