原文

秋山 下部留妹 奈用竹乃 騰遠依子等者 何方尓 念居可 栲紲之 長命乎 露己曽婆 朝尓置而 夕者 消等言 霧己曽婆 夕立而 明者 失等言 梓弓 音聞吾母 髣髴見之 事悔敷乎 布栲乃 手枕纒而 劔刀 身二副寐價牟 若草 其嬬子者 不怜弥可 念而寐良武 悔弥可 念戀良武 時不在 過去子等我 朝露乃如也 夕霧乃如也

作者

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)

よみ

篠竹 撮影(2015) by きょう

秋山の、したへる妹(いも)、なよ竹の、とをよる子らは、いかさまに、思ひ居(を)れか、栲縄(たくなは)の、長き命を、露(つゆ)こそば、朝に置きて、夕(ゆうへ)は、消(け)ゆといへ、霧(きり)こそば、夕(ゆうへ)に立ちて、朝は、失(う)すといへ、梓弓(あづさゆみ)、音聞く我れも、おほに見し、こと悔(くや)しきを、敷栲(しきたへ)の、手枕(たまくら)まきて、剣太刀(つるぎたち)、身に添へ寝けむ、若草の、その嬬(つま)の子は、寂(さぶ)しみか、思ひて寝らむ、悔しみか、思ひ恋ふらむ、時ならず、過ぎにし子らが、朝露のごと、夕霧のごと

意味

(秋山のように)美しく色づくような女性、(なよ竹のように)しなやかな子は、なんと思っていたのでしょうか、長いはずの命を。露(つゆ)は朝について夕方には消えるといいます。霧(きり)は夕方に立って朝にはなくなるといいます。噂(うわさ)には聞いたことがある私も、(その人のことは)ぼんやりとしか見たことがありません。

露 撮影(2013) by きょう

くやしいことなのに、手枕して、身を寄せて寝たでしょう、その夫はさびしく思い寝ていることでしょうか。悔しくて恋い慕っているのでしょう。思いもよらず急逝したあの人が、朝露のようです、夕霧のようです。

以下の言葉は枕詞(まくらことば)です。

  • 「秋山の」→「したへる」
  • 「なよ竹の」→「とをよる」
  • 「栲縄(たくなは)の」→「長き」
  • 「梓弓(あづさゆみ)」→「音」
  • 「敷栲(しきたへ)の」→「手枕(たまくら)」
  • 「剣太刀(つるぎたち)」→「身に添ふ」
  • 「若草の」→「嬬(つま)」

補足

この歌の題詞には、「吉備津釆女(きびつのうねめ)が死んだ時に柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそんひとまろ)が作る歌一首[并(なら)びに短歌]」とあります。

更新日: 2015年12月27日(日)