霧(きり) Kiri(Fog)
霧は、地表/水面上の水蒸気が凝結してごく小さな水滴になって空気中を浮遊するものです。万葉の頃には、「霧(きり)」と「霞(かすみ)」はあまり区別されることがなかったようですが、平安時代あたりから、秋(あき)は霧(きり)、春(はる)は霞(かすみ)と区別されるようになったとのことです。
- Fog is the condensation of water vapor on the surface of the earth or water into tiny water droplets that float in the air. At the time of Manyo, it seems that Kiri(Fog) and Kasumi(Haze) were not so distinguished, but from around the Heian period, it came to be distinguished from Kiri(Fog) in autumn and Kasumi(Haze) in spring.
(注)万葉集の歌には「春霞(はるかすみ)」を詠んだ歌が数首あります。
現在の気象用語では
- 霧(きり): 微小な浮遊水滴による視程が1km未満の状態
- 霞(かすみ): 定義なし。
- 靄(もや): 微小な浮遊水滴や湿った微粒子による視程が1km以上の状態。
とされているようです。
霧(きり)を詠んだ歌
川にかかる霧、山の霧、春の霧、天の川にかかる霧などさまざまに詠まれています。霧に包まれた鳥(とり)や鹿(しか)の歌もあります。朝霧(あさぎり)もご覧くださいね。
0029: 玉たすき畝傍の山の橿原のひじりの御代ゆ.......(長歌)
0088: 秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ
0194: 飛ぶ鳥の明日香の川の上つ瀬に生ふる玉藻は.......(長歌)
0217: 秋山のしたへる妹なよ竹のとをよる子らは.......(長歌)
0324: みもろの 神なび山に 五百枝さし しじに生ひたる.......(長歌)
0325: 明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに
0429: 山の際ゆ出雲の子らは霧なれや吉野の山の嶺にたなびく
0799: 大野山霧立ちわたる我が嘆くおきその風に霧立ちわたる
0839: 春の野に霧立ちわたり降る雪と人の見るまで梅の花散る
0916: あかねさす日並べなくに我が恋は吉野の川の霧に立ちつつ
0923: やすみしし我ご大君の高知らす吉野の宮は.......(長歌)
0982: ぬばたまの夜霧の立ちておほほしく照れる月夜の見れば悲しさ
1053: 吾が大君神の命の高知らす布当の宮は百木盛り.......(長歌)
1079: まそ鏡照るべき月を白栲の雲か隠せる天つ霧かも
1113: この小川霧ぞ結べるたぎちゆく走井の上に言挙げせねども
1140: しなが鳥猪名野を来れば有馬山夕霧立ちぬ宿りはなくて
1234: 天霧らひひかた吹くらし水茎の岡の港に波立ちわたる
1401: 水霧らふ沖つ小島に風をいたみ舟寄せかねつ心は思へど
1441: うち霧らひ雪は降りつつしかすがに我家の苑に鴬鳴くも
1527: 彦星の妻迎へ舟漕ぎ出らし天の川原に霧の立てるは
1642: たな霧らひ雪も降らぬか梅の花咲かぬが代にそへてだに見む
1643: 天霧らし雪も降らぬかいちしろくこのいつ柴に降らまくを見む
1702: 妹があたり繁き雁が音夕霧に来鳴きて過ぎぬすべなきまでに
1704: ふさ手折り多武の山霧繁みかも細川の瀬に波の騒ける
1706: ぬばたまの夜霧は立ちぬ衣手の高屋の上にたなびくまでに
1744: 埼玉の小埼の沼に鴨ぞ羽霧るおのが尾に降り置ける霜を掃ふとにあらし
1756: かき霧らし雨の降る夜を霍公鳥鳴きて行くなりあはれその鳥
1765: 天の川霧立ちわたる今日今日と我が待つ君し舟出すらしも
1832: うち靡く春さり来ればしかすがに天雲霧らひ雪は降りつつ
1892: 春山の霧に惑へる鴬も我れにまさりて物思はめやも
2008: ぬばたまの夜霧に隠り遠くとも妹が伝へは早く告げこそ
2030: 秋されば川霧立てる天の川川に向き居て恋ふる夜ぞ多き
2035: 年にありて今か巻くらむぬばたまの夜霧隠れる遠妻の手を
2044: 天の川霧立ちわたり彦星の楫の音聞こゆ夜の更けゆけば
2045: 君が舟今漕ぎ来らし天の川霧立ちわたるこの川の瀬に
2053: 天の川八十瀬霧らへり彦星の時待つ舟は今し漕ぐらし
2063: 天の川霧立ち上る織女の雲の衣のかへる袖かも
2068: 天の原降り放け見れば天の川霧立ちわたる君は来ぬらし
2141: このころの秋の朝明に霧隠り妻呼ぶ鹿の声のさやけさ
2241: 秋の夜の霧立ちわたりおほほしく夢にぞ見つる妹が姿を
2263: 九月のしぐれの雨の山霧のいぶせき我が胸誰を見ばやまむ
2316: 奈良山の嶺なほ霧らふうべしこそ籬が下の雪は消ずけれ
2340: 一目見し人に恋ふらく天霧らし降りくる雪の消ぬべく思ほゆ
2342: 夢のごと君を相見て天霧らし降りくる雪の消ぬべく思ほゆ
2345: 天霧らひ降りくる雪の消なめども君に逢はむとながらへわたる
2680: 川千鳥棲む沢の上に立つ霧のいちしろけむな相言ひそめてば
3034: 我妹子に恋ひすべながり胸を熱み朝戸開くれば見ゆる霧かも
3036: 思ひ出づる時はすべなみ佐保山に立つ雨霧の消ぬべく思ほゆ
3193: 玉かつま島熊山の夕暮れにひとりか君が山道越ゆらむ[一云 夕霧に長恋しつつ寐ねかてぬかも]
3268: みもろの神奈備山ゆとの曇り雨は降り来ぬ天霧らひ.......(長歌)
3570: 葦の葉に夕霧立ちて鴨が音の寒き夕し汝をば偲はむ
3580: 君が行く海辺の宿に霧立たば我が立ち嘆く息と知りませ
3615: 我がゆゑに妹嘆くらし風早の浦の沖辺に霧たなびけり
3616: 沖つ風いたく吹きせば我妹子が嘆きの霧に飽かましものを
3691: 天地とともにもがもと思ひつつありけむものを.......(長歌)
4000: 天離る鄙に名懸かす越の中国内ことごと山はしも.......(長歌)
4003: 朝日さしそがひに見ゆる神ながら御名に帯ばせる.......(長歌)
4008: あをによし奈良を来離れ天離る鄙にはあれど.......(長歌)
4163: 妹が袖我れ枕かむ川の瀬に霧立ちわたれさ夜更けぬとに
4224: 朝霧のたなびく田居に鳴く雁を留め得むかも我が宿の萩
4310: 秋されば霧立ちわたる天の川石並置かば継ぎて見むかも
4477: 夕霧に千鳥の鳴きし佐保路をば荒しやしてむ見るよしをなみ