原文
八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 神長柄 神佐備世須等 太敷為 京乎置而 隠口乃 泊瀬山者 真木立 荒山道乎 石根 禁樹押靡 坂鳥乃 朝越座而 玉限 夕去来者 三雪落 阿騎乃大野尓 旗須為寸 四能乎押靡 草枕 多日夜取世須 古昔念而
作者
よみ
やすみしし、我が大君(おおきみ)、高(たか)照らす、日の皇子、神ながら、神さびせすと、太(ふと)敷かす、都を置きて、隠口(こもりく)の、初瀬の山は、真木(まき)立つ、荒き山道を、岩が根、禁樹(さへき)押しなべ、坂鳥(さかとり)の、朝越えまして、玉(たま)限(かぎ)る、夕(ゆう)去(さ)り来れば、み雪降る、安騎(あき)の大野に、旗すすき、小竹(しの)を押しなべ、草枕(くさまくら)、旅宿(たびやど)りせす、いにしへ思ひて
意味
我が大君の、皇子さまは、神でいらっしゃるままに、神にふさわしく、都をあとにされ、初瀬の山は、真木が立つ荒々しい山道を岩や木を押し伏せながら、朝に越えられ、夕になると、雪(ゆき)が降る安騎(あき)の大野に、旗のようになびくすすきや小竹(しの)を押し伏せて、いにしえを思って旅寝をなさいます。
・「いにしえを思って」とは、軽皇子(かるのみこ)が亡くなられたお父様の草壁皇子(くさかべのみこ)のことを思って、という意味です。草壁皇子(くさかべのみこ)も、生前、この安騎(あき)の大野に狩りに出かけられたのです。
- rough meaning: My prince, as he is a god, is worthy of a god and leaves the capital city, and crosses the rough road of the Mt.Hase where Maki(splendid tree, such as macrophyllus) stands, pushing down rocks and trees in the morning. In the evening, he push down the fluttering Susuki and Shino like a flag on the snowy Aki-no-Ohno, and go to sleep thinking of ancient times.
補足
この歌の題詞には「軽皇子(かるのみこ)、安騎(あき)の野に宿る時、柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそんひとまろ)の作る歌」とあります。
・軽皇子(かるのみこ)は、草壁皇子(くさかべのみこ)の皇子で、後の文武天皇(もんむてんのう)です。
・安騎(あき)の野は、現在の奈良県宇陀市大宇陀区の丘とされています。