第十七巻 : 春の花今は盛りににほふらむ

2008年03月16日(日)更新


原文: 波流能波奈 伊麻波左加里尓 仁保布良牟 乎里■("氏"のしたに"一")加射佐武 多治可良毛我母

作者: 大伴家持(おおとものやかもち)

よみ: 春(はる)花(はな)、今は盛りににほふらむ、折りてかざさむ、手力(たぢから)もがも

意味: 春(はる)花(はな)が今は盛りと咲いていることでしょう。手折って髪を飾る体力があればいいのですが。

大伴家持(おおとものやかもち)が、大伴池主(おおとものいけぬし)に贈った二首の歌のうちのひとつです。このとき、大伴家持(おおとものやかもち)は体を悪くしていました。

撮影(2008.03) by きょう

この歌の前につぎのような文が載っています。

守大伴宿祢家持贈
大伴宿祢池主悲歌二首

忽沈枉疾累旬痛苦

祷恃百神且得消損

而由身體疼羸筋力怯軟

未堪展謝係戀弥深

方今春朝春花流馥於春苑

春暮春鴬囀聲於春林

對此節候琴罇可翫矣

雖有乗興之感不耐策杖之勞

獨臥帷幄之裏

聊作寸分之歌

軽奉机下犯解玉頤

其詞曰

守(かみ)大伴宿祢家持(おおとものすくねやかもち)、
大伴宿祢池主(おおとものすくねいけぬし)に贈る悲しみの歌二首

忽(たちまち)に枉疾(わうしつ)に沈み、
旬(じゅん)を累(かさ)ねて痛み苦しむ
百神(ひゃくじん)を祷(こ)ひ恃(たの)み、
且(か)つ消損(しょうそん)することを得たり
而(しか)れども由(なお)し身體(しんたい)疼羸(どうるい)
筋力(きんりょく)怯軟(きょうぜん)なり

未だ展謝(てんしゃ)に堪(あ)えず
係戀(けいれん)弥(いよいよ)深し
方今(いまし)春朝に春花は
馥(にほ)ひを春苑に流し
春暮に春鴬(しゅんおう)は
聲(こえ)を春林に囀(さえず)る
此の節候(せつこう)に對(たい)し、
琴罇(きんそん)翫(もてあそぶ)べし
興(きょう)に乗ずる感ありといえども
杖(つえ)を策(つ)く勞に耐えず
獨(ひと)り帷幄(ゐあく)の
裏(うち)に臥(ふ)して
聊(いささ)か 寸分の歌を作る
軽(かろがろ)しく机下(きか)に奉(たてまつ)り
玉頤(ぎょくい)を解かむことを犯す
其(この)詞(うた)に曰(いわ)く

突然、病気になって数十日も苦しみました。たくさんの神々に祈って、少しましになりました。しかし、まだ体が痛み、筋力が弱っています。まだお礼にうかがうことができず、思いはつのるばかりです。春の朝には、春の花が香りを春の苑にただよわせ、春の暮れには、鴬が春の林にさえずっています。この季節には琴や酒に親しむべきで、たのしみたいと思うのですが、杖をついて出かけるのはつらいです。ひとり、家の中に伏して歌を作りました。お手元にお送りし、お笑い種にしていただきたく思います。その歌は。


第十七巻