原文

麻都我延乃 都知尓都久麻埿 布流由伎乎 美受弖也伊毛我 許母里乎流良牟

作者

石川郎女(いしかわのいらつめ)

よみ

松が枝(え)の、土に着くまで、降る雪(ゆき)を、見ずてや妹(いも)が、隠(こも)り居(を)るらむ

意味

松と雪 by 写真AC

松(まつ)の枝が土に着くくらいに降る雪(ゆき)を見ないで、あなた様は閉じ籠(こも)っていらっしゃるのでしょうか。

冬(ふゆ)に体調を崩されて、宮中に参内されていない水主内親王(みぬしのひめみこ)に、石川命婦(いしかわのみょうぶ)が雪(ゆき)を題材にして詠んだ歌です。

補足

この歌の題詞には、「冬(ふゆ)の日に、靱負(ゆけひ)の御井(みゐ)に幸(いでま)しし時、内命婦(ないみょうぶ)石川朝臣(いしかわのあそん)詔(みことのり)に應(こた)へて、雪を賦(ふ)する歌一首 [諱(いみな)を邑婆(おほば)と曰(い)ふ。]」、とあります。

この歌の左注には、「ここに水主内親王(みぬしのひめみこ)、寝膳(しんぜん:寝食のこと)安からずして、累日(るいじつ:連日のこと)参りたまわず。因(よ)りて此日(このひ)を以(もち)て、太上天皇(たいじょうてんのう:元正天皇のこと)、侍嬬(じじゅ)等に勅(みことのり)して曰(のたまわ)く、『水主内親王に遣(や)らむ為、雪(ゆき)を賦(ふ)し、歌を作り奉獻(たてまつ)れ』とのりたまふ。ここに、諸(もろもろ)の命婦(みょうぶ)等、歌を作るに堪(あ)えずして、この石川命婦(いしかわのみょうぶ)獨(ひと)りこの歌を奏(そう)す。」、とあります。

またこの歌の左注には、「右の件(くだり)の四首(4436番歌~この歌)、上総國(かみつふさのくに)大掾(だいじょう)正六位上大原真人今城(おおはらのまひといまき)傳誦(でんしょう)して云う。 [年月未だ詳(つまび)らかならず]」、とあります。

更新日: 2018年12月16日(日)