原文
麻須良乎等 於毛敝流母能乎 多知波吉弖 可尓波乃多為尓 世理曽都美家流
作者
薩妙觀命婦(さつのみょうかんみょうぶ)
よみ
大夫(ますらを)と 思へるものを 太刀(たち)佩(は)きて 可尓波(かには)の田居(たゐ)に 芹(せり)ぞ摘みける
意味
大夫(ますらを)と思っていましたのに、太刀をつけて可尓波(かには)の田んぼで芹(せり)を摘まれて。
・葛城王(かつらぎのおおきみ)が詠んだ4455番歌に薩妙觀命婦(さつのみょうかんみょうぶ)が応えた歌です。
・「可尓波(かには)」は現在の京都府木津川市山城町の綺田(かばた)と考えられています。
- rough meaning: Because I thought you were a Masurawo(courageous manly man), I'm surprised that you have wear a sword and picked Seri(Japanese parsley) in the rice fields of Kaniha(current Kabata in Yamashiro-Machi, Kizugawa City,Kyoto Pref.).
補足
・この歌を含む4455番歌の題詞には、「天平元年(西暦729年)班田(はんでん:班田収授法により田を分かち与えること)の時、使いの葛城王(かつらぎのおおきみ)山背國(やましろのくに)より薩妙觀命婦(さつのみょうかんみょうぶ)等の所に贈る歌一首[芹子(せり)の褁(つと:包み)に副(そ)う]」とあります。
・そして、この歌の題詞に「薩妙觀命婦(さつのみょうかんみょうぶ)の報(こた)へて贈る歌一首」とあります。