原文
吾屋前尓 花曽咲有 其乎見杼 情毛不行 愛八師 妹之有世婆 水鴨成 二人雙居 手折而毛 令見麻思物乎 打蝉乃 借有身在者 露霜乃 消去之如久 足日木乃 山道乎指而 入日成 隠去可婆 曽許念尓 胸己所痛 言毛不得 名付毛不知 跡無 世間尓有者 将為須辨毛奈思
作者
よみ
我がやどに、花ぞ咲きたる、そを見れど、心もゆかず、はしきやし、妹がありせば、水鴨(みかも)なす、ふたり並び居(ゐ)、手折(たを)りても、見せましものを、うつせみの、借れる身なれば、露霜(つゆしも)の、消(け)ぬるがごとく、あしひきの、山道をさして、入日(いりひ)なす、隠(かく)りにしかば、そこ思ふに、胸こそ痛き、言ひもえず、名づけも知らず、跡(あと)もなき、世間(よのなか)にあれば、為(せ)むすべもなし
意味
私の家に花が咲いています。それを見ても心はすっきりしない。愛しい妻がいたのなら、鴨のように二人並んで花を手折って見せてあげられるものを。(この世で)借りている身なので露や霜のように消えてしまうように、山道をさして入日が消えてゆくように、(妻が)消えてしまったので、そのことを思うと胸は痛みのですが、言いようも無く、なんとたとえたらよいのか分かりません。はかないこの世の中だから、どうしようもありません。
補足
天平11年(西暦739年)6月、大伴宿祢家持(おおとものすくねやかもち)が亡くなった奥さんのことを悲んで詠んだ歌のひとつです。