原文
於保支見能 等保能美可等々 末支太末不 官乃末尓末 美由支布流 古之尓久多利来 安良多末能 等之乃五年 之吉多倍乃 手枕末可受 比毛等可須 末呂宿乎須礼波 移夫勢美等 情奈具左尓 奈泥之故乎 屋戸尓末枳於保之 夏能々 佐由利比伎宇恵天 開花乎 移弖見流其等尓 那泥之古我 曽乃波奈豆末尓 左由理花 由利母安波無等 奈具佐無流 許己呂之奈久波 安末射可流 比奈尓一日毛 安流部久母安礼也
作者
よみ
大君(おほきみ)の、遠(とほ)の朝廷(みかど)と、任(ま)きたまふ、官(つかさ)のまにま、み雪(ゆき)降(ふ)る、越(こし)に下(くだ)り来(き)、あらたまの、年(とし)の五年(いつとせ)、敷栲(しきたへ)の、手枕(たまくら)まかず、紐(ひも)解(と)かず 丸寝(まろね)をすれば、いぶせみと、心なぐさに、なでしこ、宿(やど)に蒔(ま)き生(お)ほし、夏(なつ)の野(の)の、さ百合(ゆり)引き植(う)ゑて、 咲(さ)く花を、出(い)で見るごとに、なでしこが、その花妻(はなつま)に さ百合花(ゆりばな)、ゆりも逢はむと、慰(なぐさ)むる、心しなくは、天離(あまざか)る、鄙(ひな)に一日(ひとひ)も、あるべくもあれや
意味
大君(おおきみ)の遠(とお)の朝廷(みかど)に遣(つか)わされた職務(しょくむ)により、雪(ゆき)の降る越(こし)の国に下って来て、5年の間、手枕(てまくら)をすることもなく、紐(ひも)を解いて着替えもせずに寝ると、気持ちが落ち着かないので、気持ちをなぐさめるために庭になでしこを植えて、夏(なつ)の野の百合(ゆり)を引き植えて、咲く花を見るたびに、なでしこのような妻に後(のち)に逢えると、気をまぎらわすようなことをしないと、とても一日でも、こんな田舎に居られないものですよ。
・天平感宝(てんぴょうかんぽう)元年(西暦749年)5月26日に詠んだ歌です。奈良の都に残してきた奥様は、大伴坂上大嬢(おおとものさかのうえのおおいらつめ)です。
- rough meaning: It's been five years since I came down to the snowy country because of the mission of the Emperor to Dazaifu. In the meantime, I feel restless when I sleep without hand pillows and changing clothes. I planted dianthus in the garden to soothe my feelings and planted a lily of the field in the summer. Every time I see a flower that blooms, I think I can meet my wife who looks like a dianthus sometime. I can't be in such a country even for a day without doing something to distract me.
補足
この歌の題詞には「庭中の花の歌一首[并(あわせ)て短歌]」とあります。また、この歌の左注には「同閏(うるう)五月廿六日大伴宿祢家持作る」とあります。