中大兄皇子(なかのおおえのみこ)

天智天皇陵 撮影(2017) by きょう

天智天皇(てんじてんのう)のことですね。

[生没] 推古34年(西暦626) ~ 天智10年(671)

[家族] 父 : 舒明天皇(じょめいてんのう)
    子 : 持統天皇・元明天皇・大友皇子・大田皇女・明日香皇女・志貴皇子など
    母 : 皇極天皇(こうぎょくてんのう)(斉明天皇(さいめいてんのう))

[略歴]

  • 皇極4年(645): 乙巳(いっし)の変で蘇我氏を滅ぼす。
  • 斉明7年(655): 斉明天皇(さいめいてんのう)が亡くなったため、即位せずに政治を執ることになる。これを称制(しょうせい)といいます。
  • 天智3年(664): 冠位二十六階を制定する。
  • 天智6年(667): 近江大津宮に遷都する。
  • 天智7年(668): 即位する。
  • 天智8年(669): 中臣鎌足(なかとみのかまたり)宅へ行幸し、藤原の姓を賜る。同時に大織冠・大臣の位を授位する。
  • 天智10年(671): 大友皇子(おおとものみこ)を太政大臣にする。この年の暮れに崩御(ほうぎょ)する。
飛鳥板蓋宮跡 撮影 by きょう

乙巳(いっし)の変のとき、飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)で、藤原鎌足(ふじわらのかまたり)と協力して、蘇我入鹿(そがのいるか)を斬っています。写真は、飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)の跡と伝えられるところです。

中大兄皇子(なかのおおえのみこ)が詠んだ歌

0013: 香具山は畝傍を愛しと耳成と相争ひき.......(長歌)

0014: 香具山と耳成山と闘ひし時立ちて見に来し印南国原

0015: 海神の豊旗雲に入日さし今夜の月夜さやけくありこそ

0091: 妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを

更新日: 2019年05月13日(月)